
カナダへ高校留学に送りだす母ちゃん奮戦記その7

二度目の転校 オタワの小さな学校からバンクーバーへ
2025年1月にカナダへ渡ってから、1年半以上。息子はこの9月、ついに2度目の転校をした。新しい学校は、カナダ東部ではなく、西海岸のバンクーバーにある私立のボドウェルハイスクール。母ちゃんとしては、「まさか、また学校を変えるの?」が正直な第一声だった。
公立と私立のいいとこ取りのはずだった
最初にカナダ東部を選んだのは、私立校の寮で生活しながら、地元の公立高校へ通うという新しいプログラムに魅力を感じたからだった。生活面では私立校のサポートを受け、授業は公立高校で学ぶ。費用も、公立留学と私立のボーディングスクールのちょうど中間くらい。「これは、公立と私立のいいとこ取りではないか」と思い、申し込んだ。
ところが、渡航してわずか数日後、寮が突然移転。通っていた公立高校まで、私立校が用意した車で通うことになった。送迎は朝夕それぞれ1回だけ。朝の車に乗れなければ、その日は学校へ行けない。以前の記事にも書いたとおり、息子はだんだん欠席が増え、とうとう出席日数が足りずに落としてしまった単位まで出てしまった。
1度目の転校は同じ建物の中
そこで2025年9月、地元の公立高校から、寮を運営していた私立のフルフォードアカデミーへ転校した。転校といっても、生活している寮から学校のフロアへ移動するだけ。これなら、さすがに欠席はできない。実際、出席の問題はなくなった。
日本人アドバイザーの方にも本当によくしていただき、母としては、このまま卒業までフルフォードにいてほしいと思っていた。ところが今度は、息子が「ここは田舎すぎて、自分でどこにも行けない」と言い出した。
勉強に集中できる環境が、息子には合わなかった
学校の周りには、自分で利用できる交通手段がほとんどなく、町へ出るにも学校の車が必要だった。都会から何時間離れていても、バスさえあれば自分で動ける。でも、そこは本当に“陸の孤島”だった。北米の田舎にあるボーディングスクールでは、珍しくない環境なのだと思う。
親としては、誘惑の少ない場所で勉強やスポーツに専念してくれれば、と期待していた。しかし、うちの息子には合わなかったらしい。同級生がバンクーバーの学校へ転校していたこともあり、本人はバンクーバーという町に興味を持ち、自分でインターネットを使って次の学校を探してきた。それが、ボドウェルハイスクールだった。
寮のある学校は選択肢が限られる
公立高校とホームステイなら、予算を抑えることもできる。しかし、息子は一貫して「寮がいい」と言う。そこで、寮があり、年間7万カナダドルまでという条件で探すと、学校の数はかなり限られた。
ボドウェルは、私が毎年参加してきたカナダ留学フェアでも人気のある学校で、名前はよく知っていた。生徒数が多く、さまざまな国や地域から来た仲間と出会える。そして、学校の外へ自力で出かけられる都会にある。オタワの学校は小規模で手厚かったが、息子には、もう少し広い世界でいろいろな仲間と付き合う経験も必要なのかもしれない。そう思い、本人の強い希望を受け入れることにした。
州をまたぐ転校は簡単ではない
もちろん、「学校を変えます」の一言で済む話ではない。州が変わるため、これまで取得した単位の一部が引き継がれず、少し無駄になってしまった。入学関係の書類も、すべて書き直し。特にガーディアン(現地後見人)に関する書類は、公証役場で署名する必要があり、また時間と費用がかかった。母ちゃんのToDoリストは、再びフル回転である。
「カナダの大学へ行きたい」と言い出した
これまでの成績は、決して順調とはいえなかった。それでも息子は、「新しい学校では頑張るよ」と言った。そして、母ちゃんが一番驚いたのは、その次の言葉だった。
「このままカナダかアメリカの大学へ行きたい。だからIELTSの勉強をしたい」
さらに、「将来は自分で会社をつくりたい」とも言い出した。自分のやりたいことを見つけてほしくて、海外留学という道を選んだ。でも、本人が大学進学を望んでいるのかどうかさえ、これまではよく分からなかった。そんな息子が、自分の将来を自分の言葉で話し始めた。2度の転校は、遠回りで、余計なお金も手間もかかった。それでも、この言葉を聞けただけで、無駄ではなかったのかもしれないと思った。
環境が合わないとき、我慢して残ることが正解なのか。それとも、もう一度選び直すのか。母ちゃんにも、まだ答えは分からない。まずは、新しい学校で本当に頑張るのか、しっかり見届けたいと思う。

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